Avenue A ーその名のもとにー
よくある話だ。
ロバートフランクやハリーキャラハン、メイプルソープに憧れる22歳の私はわずかばかりの貯金をおろして一人New Yorkへ旅立った。
運良くCentral Park を東に臨むUpper Westに古いアパートを借りられたものの現実は手ぐすねを引いて待っていた。
N.Y が自分を変えてくれるかもしれない、というあれほど衝動的な思いさえも妄想であったことにすぐ気づかされた。 ロクスポ英語も話せない自分は、痛いほど独りだった。 何かに憑かれたように街でシャッターを切っていたのは 今考えると、被写体と会話することで自分を埋めていたのかもしれない。
夕闇が迫ると、どこまで行っても1ドルの地下鉄を乗り継いで Lower EastのAvenue Aへ向かった。Tompkins Square Parkと一軒のデリ、 あとは一杯1ドルでビールが飲める安い酒場が軒を連ねる通り。 'Avenue Aより東には行かない方がいい' と言われる、安全と危険の境界線。 しかし、元来私は、天使の微笑よりも悪魔の囁きに弱いらしい。 一夜にして AvenueA の魔性に取り憑かれた。 夜な夜な集まってくる駆け出しの芸術家たちは、 紫煙の中で遅くまであるいは朝まで、談笑したり芸術論を交わしたり、 ビリヤードをしたり。サックスやペットを吹き出す者もいた。 シンガーを目指す若者は、 かつてマドンナがここで唄っていたことを自分に重ねて伝説のように語り継ぐ。 日常の静なる戦いを抱えた芸術家達は、 打ちひしがれながらも誰もが楽観的なユーモアを捨てていなかった。 闇に潜む魂の蠢きが淀んだ空気の中に熱く飽和していた。
東京にもどった私は、 スタジオをそんなエネルギッシュな場所にしたくて「アヴェニューA」と名付け た。 クリエイティブを志す様々な者達が、 真面目な話、面白い話、くだらない話などなど、ワイワイガヤガヤと話してい る。 そして、困っている者がいると素直に助け合える。そんな場所。N.Yから船便で送った 5000枚近いポジは、未だ私の元に届かない。しかし、私は今もアヴェニューA を歩いている。
吉岡英実
